平家物語の冒頭「祗園精舎」の現代語訳など
平家物語は原文で読むのはやはり難しく、学校に授業のようになってしまいます。平家物語の現代語訳を読んで話の内容を理解してから、原文を楽しむのがいいですね。平家物語の現代語訳は河出文庫から中山義秀さんの現代語訳で販売されています。中山義秀さんは『咲庵』などの傑作で知られる戦前の芥川賞作家です。「祇園精舎の鐘の声…」で始まる平家滅亡の壮大な軍記物語の平家物語を、名訳でまとめた現代語訳版です。
ちなみに、平家物語の冒頭部分の「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」を現代語訳すると「祇園精舎の鐘の音には、諸行無常すなわちこの世のすべての現象は絶えず変化していくものだという響きがある。」となります。
もっと気楽に平家物語を楽しみたい方は、横山光輝のマンガ日本の古典、平家物語を読むのもいいのではないでしょうか。漫画なので、すらすら読めて、平家物語の話しの流れも良く理解できます。
平家物語の作者についてはいろいろな説があります。一番古いのものでは吉田兼好の『徒然草』のなかで、信濃前司行長という人物が平家物語の作者であり、生仏という盲目の音楽家に教えて語らせたと記されています。その他、平家物語の作者については、生仏が東国出身であったので、武士のことや戦の話は生仏自身が直接武士に尋ねて記録したことや、更には生仏と後世の琵琶法師との関連まで述べているなど、その記述は実に詳細です。この信濃前司行長は、九条兼実に仕えていた家司で中山(藤原氏)中納言顕時の孫である下野守藤原行長ではないかと推定されています。また、『尊卑分脈』や『醍醐雑抄』『平家物語補闕剣巻』では、顕時の孫にあたる葉室(はむろ。藤原氏)時長が作者であるとされています。
平家物語の作者についてのどの説も確証があることではなく、何より軍記物語の生成・成長過程から考えても、特定の作者名を挙げようとすることはほぼ不可能でなようです。
『平家物語』は、平家の栄華と没落を描いた軍記物語です。『平家物語』は鎌倉時代に成立したと思われます。平家物語は、保元の乱・平治の乱勝利後の平家と、敗れた源家の対照を書いていたり、源平の戦いから平家の滅亡を追ううちに、平安貴族たちの姿と新たに台頭した武士たちの生き様を見事に描き出しています。平家物語でピンとこなくても「祇園精舎の鐘の声」の有名な書き出しを聞けば、ほとんどの方が聞いたことがあると思われるでしょう。
もともと平家物語という題名は後年の呼称で、当初は『保元物語』や『平治物語』と同様に、合戦が本格化した治承年間より『治承物語』と呼ばれていたと推測されていますが、未だ確証を得ていません。平家物語の正確な成立時期は分かっていないのですが、仁治元年に藤原定家によって書写された『兵範記』の紙背文書に「治承物語六巻号平家候間、書写候也」とあるため、それ以前に成立したと考えられています。しかし、「治承物語」が現存の平家物語にあたるかという問題も残り、確実ということはできないようです。少なくとも延慶本の本奥書、以前には成立していたものと考えられています。ただし、現存の延慶本が、そのまま奥書の時代の形をとどめているとは言えないというのが一般的見解だそうです。